2013年02月22日
春

渓流釣りでは、釣りが出来ない禁漁期間がある。
魚の保全の為におこない、解禁日には、どっと釣り人たちが訪れると聞く。
私の住む町は田畑が多く、農家の人たちは、農作物の実りによって生計を立てている人も多い。田畑の近くには、農業用水としての川や池が豊富に存在し、その付近には、竹に四手をつけて立てている斎竹(いみだけ)をよく見かける。
この斎竹とは、神事のとき、不浄を防ぐために斎み清める場所に立てる竹。葉のついた竹にしめ縄を張り、四手(しで)を垂らしたものを言うらしい。
四手とは、 玉串(たまぐし)や注連縄(しめなわ)などにつけて垂らす紙のこと。
田舎に行くほど、その土地の守り神へ五穀豊穰の祈りを捧げる風習が色濃く、あちこちの場所に斎竹を見る。この斎竹がある場所は、神事を行う神性な場所ということなのだろう。
毎年、川で竿を振る者にとっては、殺生はしてないつもりだが、魚を傷つけて娯楽を楽しむ点ではあまり変わりはしない。
だから特別、神さまへの信仰はしていないけれども、どんなに釣れる場所であっても、斎竹が残っている、そのすぐ傍で釣りをするようなことはしない。
地域的なものだろうが、山には山の神、川には川の神という、大自然には神が宿ると考えられていて、自然に畏怖の念を抱き、敬虔な祈りと感謝を捧げるという自然との共生の考えは、この辺りでは大昔から根付いている。
春から秋にかけてのシーズン中に釣らないようにする事など、釣り人としては土台無理な話しだが、末長く釣りをさせてもらう為には、せめて生き物が冬眠すると言われる冬場の期間だけは竿を振らないようにしている。
そこで釣りをさせてもらっている以上、地域を鎮護する神様には、節度を持ち、感謝の気持ちや敬いの気持ちを、やはり姿形に表さなければ罰があたるという思いに駆られてのことだ。
12月中旬から2月末までは、自己満足だけれど、渓流釣りのように禁漁期間を設けているが、周囲の人達が釣りに出かけるのを尻目にその期間は行かないように我慢するのだから、釣りをする者には、これはなかなか辛い。
だがその分、解禁日には、先のヤマメやイワナを狙う渓流釣りの釣り人のように、日めくりにしるしをつけるようなワクワクとした楽しみがある。
いよいよ3月の解禁日も間近に迫ってきた。
カレンダーを見れば、あと一週間足らずで3月の暦に。
川の土手にも、いつしか菜の花が咲き、川面を見れば、魚が飛び跳ねる波紋が幾重にも拡がっている。
暖かい春風を感じ、川のせせらぎの音を体で感じながら、竿を振る時間がとても待ち切れない。

Posted by mpfyh669 at 09:01│Comments(0)
│釣り
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